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snow contemporary
『声なき声のドローイング:スキャン画像』2026 ©Shu Yonezawa
米澤柊 個展「声なき声のキャラクター」
会期:2026年7月17日(金) - 9月5日(土) 13:00 - 19:00
*日・月・火・祝日は休廊
*夏季休廊:2026年8月12日(水)– 2026年8月15日(土)
会場:SNOW Contemporary / 東京都港区西麻布2-13-12 早野ビル404
オープニングレセプション:2026年7月17日(金)17:00 - 19:00

SNOW Contemporaryでは2026年7月17日(金)から9月5日(土)まで、米澤柊 「声なき声のキャラクター」を開催いたします。

米澤柊(よねざわしゅう)は、美術家・アニメーターとして領域横断的に活動する注目度の高い若手作家です。近年は多数のグループ展や芸術祭に参加し、映像、絵画、インスタレーションなど精力的に発表を続けています。米澤は、アニメーションの語源でもある「アニマ(魂)」をテーマに、デジタルアニメーションにおけるキャラクターの身体性と、現実世界の生き物が持つ心の身体性と感情を探求する作品を軸に制作をしています。

2022年には『名無しの肢体』(Tokyo Arts and Space本郷[OPEN SITE 7])、『劇場版オバケのB’』(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])を開催。また同年には廃工場を舞台とした展覧会『惑星ザムザ』に参加。2023年には個展『ハッピーバース』(PARCO MUSEUM TOKYO)のほか複数の個展を開催し、さらにVJや音楽イベントの企画、ジャケットやPVなどのアートワーク制作へと活動領域を広げました。2024年にはSNOW Contemporaryにて個展『うみの皮膚、いないの骨』を開催。2025年には『パビリオン・ゼロ』(葛西臨海公園)、『パビリオン・ゼロの資料室』(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT])への参加をはじめ、多数の個展・グループ展で作品を発表。さらに、同年に日本で初開催となるLVMH Métiers d’Artのアーティスト・イン・レジデンスプログラムに選出され、パリのLa Mainで個展『光の傷』を開催するなど、海外でも活動の場を広げています。

SNOW Contemporaryで3回目の個展となる本展は、米澤が近年取り組んできた絵画制作を起点に構想された展覧会です。米澤は絵画を制作する過程で、キャラクターの輪郭を探れば探るほど、その存在はむしろ曖昧になり、描かれなかったものや取りこぼされたものの気配が強く立ち現れてくると言います。そうした経験から、米澤は「キャラクター(アニマ)を形作るものとは何か」という問いにあらためて向き合いました。
本展では、作家のバックグラウンドであるアニメーションの視点を手がかりに、人格や物語に還元される以前の「キャラクター」の在り方を探ります。私たちは、身体や行動、声や言葉、鳴き声、個性や属性など、さまざまな要素によって他者を認識しています。それらは固定された本質ではなく、重なり合い、揺れ動く複数の記号として存在しますが、米澤はキャラクターが形成される以前に潜在する、記号だけでは捉えきれないアニマに接触しようと試みます。それはキャラクターが記号化され、意味づけられる以前の世界の揺らぎと輪郭が立ち上がる過程に触れようとする試みでもあります。このように米澤は、絵画、ドローイング、映像、立体作品などを通じて、本展のタイトルである「声なき声のキャラクター」をギャラリー空間に現出させようとしているのです。

米澤が紡ぐキャラクターたちの新たな身体性と、その輪郭が揺らぐ様相を、ぜひ本展でご体感ください。



*アーティスト・ステートメント / 米澤柊

去年油絵を描いた。
かたちを選んで描こうとするほど選ばなかったものを切りすててしまうようで息苦しく、絵は段々と白くなっていった。彩度は低く細かな色相の差異で描いたのはキャラクターと捉えるには薄く複雑な声未満の存在であり、その絵をきっかけに今回の展示について考えました。

私たちは身体や行動、音声としての声や言葉、鳴き声、個性、属性、などを記号として不安定に、そして自然に持ち合わせていて、その記号や記憶・感情の蓄積、別個体や環境との関係性がかたちとして立ち現れることで、アニメはキャラクターとして認識される。これまでのキャラクター論史においても、記号は人格や物語から部分的に切りはなされながら、多面的に引用や交換、反復して今をきらめいて進んできた。

この展示で扱われる「声なき声」とは、発話権を奪われた主体の比喩ではなく、記号で捉えきれないアニマとして表現される。キャラクターで世界ができているのではなく、世界からキャラクター未満が生まれはじめるのではないか。対象は特定でも匿名でもなく、記号の向こう側や、向き合った記号と記号の間を「アニメーションを性質としたキャラクター」、もしくは生きものとして観察してみたい。

頭のなかの記憶や無意識のなかでは、思っていることや思っていないこと、イメージと現実がグラデーション状につながって浮遊している。そこから認識し選択すること自体をマスクとした場合、その向こう側の複雑さやすくいきれなかったものたちは時間に少しだけ置きざりにされる。それらは他人に共有されることもなく心に持ち続ける情報となり、個人各々の無意識に守られた庭に配置されていくのではないか。

日々この世界で起きている、例えば遠くの死/家で割れたコップのような、遠くて大きな出来事/小さい近くの出来事の距離に対して、今生きていることや、この瞬間に起き続け、気づくことができる感情の前提、世界が意味になる前の複雑さについて考えたい。




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